雪Ⅱについて

 ※当記事は進化前、ローディング画面追加前に書いたものです。

 



当初は雪Ⅱイベントの感想まとめは一つにまとめるつもりでしたがあまりにも長かったので二つに分けました。

一つ目の方は比較的本編と照らし合わせながら読み進めていますがこちらはTwitterでのツイートや日頃のメモ、感想を元にひたすら書き殴ってます。

一応自分のためにも読みやすい文を心がけていますが誤字脱字などは察してください。



 

〇パユの角について

最初に言いたいのはパユの角は折っても復活するのか?ということです。まずはこの疑問を軸にしてパユの身体についての(期待を含めた)考察をしていきます。

 

まず前提として、彼女は角を折るデメリットを理解していました。理解しているというとこは過去に経験があるからで、なのに今はしっかり角がついているということから修復するのでは?説。

“治る”ではなく“修復する”という言い方をしているのは、睡眠・食事を必要としない彼女には成長の仕様がないためです。治癒というものは細胞の働きと伴っているのでそもそも細胞自体が存在してなさそうな彼女に自然治癒という選択肢は恐らく無いでしょう。

でも意図的になら、もう一度角を構成する能力はありそうですよね。城をたった一人で作り上げる彼女ですから自分の角を作り上げるぐらいは可能だろうと思えます…作り上げるというより無理矢理生やす、って言い方の方が正しそうですけども。

 

これとは反対に二度と復活しない説。

パユは一度メラムートに小指の先を溶かされてます。でも溶かされた小指を修復したとか元に戻したとか、そういう描写が一切ありません。

本編でもあるように一度失った力を再度得ることは出来ないからです。

角も同じで再構築しないのではなく、単純にできない。ちょっとメタいですけどレアメも追加されたしストーリーも修復不可が大前提のような進み方でしたし…(だからこそパユは意外なところを突くのがうまいから角を復活させることができる説が出てきたんですけど)

 

ただこれは答えが今のところどこにも出ていないので、角が元に戻ると信じるのも、本編の二度と戻らない雰囲気を楽しむのも、一度に二度美味しい感じで一石二鳥ですよね。さすがパユ。

 

 

〇雪Ⅱにおける「人間」の解釈

人間、魔女、その他の線引きについてです。

大前提、周知の事実ですけど、パユは人間じゃないですよね。

じゃあ何なのか、というアレはカシュパルくんが本編でやってくれたので省きます。

人間じゃないパユの特徴は何なのか。

・人と繋がらなくても生きていける

・身体に人としての機能を備えていない

・不老(これについては後程書き足したい)

主にこの3つだと思います。

本編での意味は恐らく一番上のやつですかね。孤独でも生きられるってとこ。

人間は自身の欠点を補うために人の力を借りたり、精神の安定を図るため依存し合ったりしてました。(これは雪Ⅱという限定的な場所での話ではなく私達の周りでもそんな感じ)

 

逆に言えば、パユは人間じゃないから孤独で生きていくことができるし、孤独で生きていくということは嘘をついたり言い訳をしたりそういった負い目を感じながら他人に良い面を見せなくていいってことだし、つまるところ自分にだけ正直に生きられるわけです。そりゃ嘘つきな自分を嫌うカシュパルからすれば憧憬対象に充分なりえる。

 

でも憧憬だけじゃなく畏怖もあって、パユは人間じゃないから自分と違う存在の人間を娯楽としか見てないんですよね。

人間を消費物としか見ておらず、花やモンスター、言ってしまえば虫と同列です。人間はどれだけ知能が高かろうが自分と身なりが似ていようがパユにとって「触ったら凍る暖かい生き物」以上の認識にはなれないのです。

 

 畏怖と言えばまずシモンが警戒してたポイントがありました。パユの力で村一つ潰すのも容易だということ、自分たちと似た姿かたちなのに災害に匹敵する恐ろしさを持つこと。物理的な恐怖です。 


それと、人間じゃない元人間だからこその心理的な恐ろしさも含んであって。こっちはカシュパルが畏怖したことです。

パユは「人に人だけの思いやりを与えること」ができません。感情移入の能力が欠如しまくってます。

頑張って世話した花が枯れたら落ち込む、お気に入りの玩具が壊れたら悲しむ、人間が凍れば寂しがる、全部悲しさの具合が同列なんです。

具体的に言えば大事な花が枯れるのと、事故で見知らぬ人が死ぬのと、大事な人が病気で死ぬようなことを一瞬の「寂しい」で片づけてるんですよね。

 

普通の人なら生きるために(半強制的に)他人と寄り添う(寄り添わざるをえない)おかげで、大切な人ができるから、人を愛する喜びを知るらしいですけど(何かの歌詞でそういうのがあった気がする)パユにはその流れ自体が1㎜も理解できません。


パユは能力も内面も完璧な人外です。人間臭さを全部取り除いた存在です。だから綺麗なんですよね。綺麗なパユを見るとつい自分と比較してしまうし、比較した結果落ち込んだりするわけです。ヴェロニカが言ってた通り鏡そのものです。

 

 

〇ハッピーエンド

先ほどの話を踏まえて雪Ⅱはハッピーエンドか否か考えていきます。


まず、パユはただの鏡なので人間と同列に扱っちゃいけませんよね。身の回りの物、歯ブラシとか椅子とか机とか、そういう物の幸せを考えるのと同じで。意思を持った物として考えることにします。


次にハッピーエンドの定義。メリーバッドエンドとかいろいろ種類があると思いますが、ここでは「読み手も登場人物も幸せ(幸せの定義は長くなるので飛ばします)になれる」とおきます。


読み手は幸せになれましたかね?私は幸せでした。この項目はクリア。


登場人物は幸せになれましたかね?

主人公&メルク→お互い無事再会。楽しそうでしたしOKとします。

ヴェロニカ→病的な憧憬もやめ、スヴィーと向き合えてましたね。幸せでしょう。OK。

スヴィー→しっかり生きてましたしヴェロニカと真正面からじゃないにしても向き合えたのでOK。

シモン→ちゃんと謝れました。心残りがなくなりました。OK。

カシュパル→ようやく幸せのスタート地点に立てた感じでした。これから頑張って欲しい。OK。

フォルクス→途中で行方不明になってましたがお疲れさま絵で無事だったのでOK。

村の人→ヴェロニカのおかげで雪崩の心配もなくなるでしょう。OK。

メラムート→氷が溶けてくれてよかったね。お疲れさま絵で楽しそうだったのでOK。


パユ→パユには不幸って概念がなさそう。なのでOK。


一人残らず幸せになってます。よかった。雪Ⅱはハッピーエンドです。

 

 

〇二つ名

パユの二つ名をご存知でしょうか。通常は「零れ舞う雪華」でレアメが「欠け消ゆ氷華」です。


零れ舞う、からは楽しそうな印象を抱けますね。零れるが“雪”、舞うが“ダンス”、雪華は雪の結晶とか優しい感じです。パユそのものを指してるとも思えます。


一転して欠け消ゆ。欠けて消えてます。レアメ衣装ですし恐らく角を指してますね。

欠けるのも消えるのも寂しいですけど、“カシュパルのために”欠けて、“メラムートのおかげで”溶けたので一人で舞ってた頃より暖かいものです。

氷華は雪華との対比…っぽいです。雪と言われると自然的に、氷と言われると人工的に感じます。こじつけに近いですが『自然のものだった雪が人に出会い人に近しい存在になった』と思えませんか。


二つ名の解釈は「読み方が分からない!」「どの汲み取り方をすればいいのか分からない!」等の問題もあるのでうまく踏み込めませんが…パユに関しては比較的分かりやすく、人によって分かれそうな文字列ですよね。




さて、長々と書きましたがようやく終わりです。パユを引いてから、雪Ⅱが公開されてから、ふとした時に考えてしまうことを大体まとめました。


ぶっちゃけ人気投票とか見てると雪Ⅱの人気は低めなんだなって気付いちゃいます。メルストっぽくないという意見も見かけましたし、バッドエンドとも聞きます。

確かにオスの青年イケメンも出てきませんし幸せが分かりづらいしこれが人気だったらそれはそれで戸惑います。


でも、決して魅力がない訳じゃないですし、間違いなくメルスト1のエモさを感じられるので、是非パユのことを考えながら雪Ⅱを読んでみてください。



しがないパユ信者からは以上です。閲覧ありがとうございました。